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MFCのライバルは誰だ?
新・MFC千夜一夜物語 第12夜
MFCのライバルは誰だ?
皆さん、こんばんは。
新・MFC千夜一夜物語 第12夜です。
国賓として来日されたブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王と
ジェツン・ペマ王妃が、日本列島にさわやかな風を起こしていかれましたね。相馬
市の桜丘小学校で子供たちと交流された際に国王は、ブータン国旗にも描かれてい
る竜について触れ、「みなさんの中に人格という竜がいます。年を取って経験を積
むほど竜は大きく強くなります。竜を養ってください」と児童らに語りかけられた
そうです。「竜を養う」、なるほど人格は生き物であり、自分で育てるものなのだ
なぁと強く感じ入りました。
先週はMFCを育てた国として日本を取り上げました。四半世紀をすぎ、半導体プ
ロセス用途から、エネルギー関係、分析関係などに広く使われるようになったMF
Cですが、ではそのライバルとなる機器は、いったいなんでしょうか?今夜はその
お話です。
黎明期の半導体プロセスガス制御で、MFCより前に使われていたのは、フロー
ト式流量計(フローメーター)でした。皆さんの中にも馴染みの深い方がおられる
かもしれません。簡単に表現しますとガラス管に流量目盛りがきってあって、下か
ら上にガスが流れて、浮き上がった玉(浮き子)の位置で流量を指示するタイプの
流量計です。両者の違いを眺めてみましょう。

MFC
・熱式センサーで質量流量を計測できる(ある温度圧力の範囲に限定される)
・センサー信号をバルブへフィードバックすることで、温度圧力変化に影響されず
流量制御が可能
・流量制御は電気信号で遠隔操作化が可能、流量信号を色々な表示方法や記録に加
工できる
・メタルシールタイプは、腐食性・毒性ガスに対応可能
・DC電源、流量表示器、設定器を別に必要
・比較するとコストは高い
フローメーター
・ガラス管と浮き子の組み合わせで体積流量を表示
・体積流量なので温度・圧力による補正が必要
・流量制御は付属するニードルバルブで手動可変、接点スイッチのようなオプショ
ンを除き、目視でしか流量を確認できない
・ラバーシール構造の為、腐食性・毒性ガスに対応不可
・電源を必要とせず、単独で使用可能
・比較するとコストが安い
こう眺めてきますとどちらが優れている、という論点でこの2者を論じる事に意味は
ないかと思えます。その証拠にMFCが台頭した今でもフローメーターは流量表示・
制御の一線で使われているのですから。通信による遠隔操作、危険なガスへの対応
といった分野ではMFCに軍配が上がりますが、コスト・電源不要というフローメ
ーターの強みは、高く評価される用途があるのです。
MFC(マスフローコントローラー)とフローメーターのご質問、ご相談、機種選定、お見積など
川口液化ケミカル株式会社までご相談ください。
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それでは、また来週!
【あなたにマスフローの夜が来る~新・MFC千夜一夜物語】
by Deco
今日の埼玉県さいたま市のお天気は?
2011年11月23日 水曜日 勤労感謝の日
※今日は勤労感謝の日は、勤労を貴(たっと)び、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう一日です。
そもそも、この「勤労感謝の日」は、祭祀(お祭り)がその原点にあります。
日本では、古くから神々に五穀(ごこく)の収穫をいわう風習がありました。
飛鳥時代の皇極天皇(こうぎょくてんのう)のころに、その年の収穫物に感謝する大事な行事
としてはじまったのが11月23日・新嘗祭(にいなめさい)です。
新嘗祭(にいなめさい)は宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)のひとつ。
天皇が五穀(ごこく)の新穀を、すべての神々に勧(すす)め、また、自らもこれを食して、
その年の収穫に感謝するものです。
今なお、新米を収穫しても、「神様より先に頂くなんて、とんでもない!」として、
新嘗祭で神様に奉納するまで、人は口にしない風習が残っている地域もあります。
今日、11月23日は新嘗祭(にいなめさい)。
心から感謝して、お米(食事)をいただいてみてください。
その一粒一粒に、大自然の神々の光が込められていると、感じながら‥。
人間、忙しくなると、食事前に手をあわせて、感謝の祈りを捧げるということを、忘れて
いくものです。その生命(いのち)を心から感謝していただく儀式ではなく、
ただお腹を満たすためだけに、食べるようになってしまうもの。
食事前に唱える「いただきます」
食事後に唱える「ごちそうさまでした」
この2つの言葉は江戸時代の国学者・本居宣長(もとおりのりなが)の詠んだ
つぎの和歌が元になっていると言われています。
「たなつもの ももの木草を 天照らす 日の大神の恵み得てこそ」
(たなつもの もものきぐさも あまてらす、ひのおおかみの めぐみえてこそ)
「朝夕に もの食ふごとに 豊受の 神の恵みを 思へ世の人」
(あさゆうに ものくうごとに とようけの かみのめぐみを おもえよのひと)
先の和歌は食事の前に感謝する意味の、「いただきます」の歌。
「天照」は伊勢神宮の内宮の神様です。
後の和歌は食事の後に感謝する意味の、「ごちそうさま」の歌。
「豊受」は伊勢神宮の外宮の神様です。
「いただきます」も「ごちそうさま」も伊勢の神様(太陽と地球の神様)に対する感謝
の気持ちの言葉でした。
心の中だけでも構いません。
食事前に、上の和歌を詠(よ)んでから食事をしてみると、
普段、気づかなかった食事のありがたみに気付けるかもしれません。
ただ、お腹を満たすために食べるのでなく、
その生命に心から感謝をして、手を合わせてから食べてみてください。
天気 晴れ後雨
気温 13℃(PM6:30)
です。
お釈迦様の説話の中に「貧者の一灯」というのがあります。
その日その日を慎ましく暮らしていた婦人が、苦しい中からお灯明の油をようやく少し
手に入れて、お供えした。そこへ一陣の風が吹いてきて、他のお灯明は消えてしまっても
この婦人のお灯明だけは消えなかったというお話です。
これは何をいっているのかといえば、真心の大切さであります。
喜び込め、たとえ一灯をともすだけの油しか仏に供養できなくても、真心なく万灯をともす
油を供養した功徳よりも大きいということです。また、それと同時に、この話からは、無理
をしてはいけないということも教えられます。
無理をして、たくさんの財を布施する。このことの中には、えてして自分の欲が潜んでいる
ことがあります。ですから、そういう人は、その欲に自分がひっかかって、とんでもない値段
の壷や石を買わされてしまったりもするわけです。
一方、自分は大きいことはできないけれど、細く長く神仏につながっていくんだ、という
真心を持ち続けている人の信仰は、消えることなく長く続くものです。無理をしないからです。
どんな背伸びをしても、神仏は全てお見通しです。自分が無理なく喜んでできることを行う
ことで、それが正しく光りになるわけで、決して無理をしない、それがまことの教えであります。
たとえば、自分の兄弟に、これだけしてやったんだから報われるだろう、という想いの中には
無理があります。欲があります。
無理をしない心というのは、自然の流れに即していて、摩擦がありません。全てが調和して
共存していく、そういう姿です。
(21世紀の風 大徳寺昭輝 著より)
by との
投稿者: 管理人 日時: 2011年11月23日 18:17 | 固定リンク:MFCのライバルは誰だ?






